●余韻って何?このページは余韻についての考察を書くために用意しました。もちろん私が書く前の投稿も歓迎です。 表題を見て早く読みたい内容があったら「早く書け」と書き込み(掲示板でもメールでも結構です)をしてください。要望のある(多い)題目からUPするように努力します。 「余韻をつけろと(学校の)先生に言われるんですが?」 これも比較的多い質問の一つだ。 生徒に「余韻はどうやってつけるのか習ったの?」と問うと、 「音の最後に息を減らしながらアパチュアを狭めて行く と習った」と言う。 私が中学生の頃(ん十年前)上級生に習ったことと同じだ。 そういう指導を受けている学校からくる生徒の大半が、音の最後が詰まった感じになり字に表すと、「タ------うっ」というように聞こえる。 息が通ることによりやっと広がっているアパチュアをわざと狭めるものだから当然次の音の発音時に充分なアパチュアを確保できない。 そして、閉じた唇を息でこじ開けながら発音するから「後押し」と呼ばれる非常に汚い発音とならざるを得ない。というまたまた悪循環がおきる。 この問題を含めて、中学生時代に先生や先輩に習ったことの中に嘘は少なくないと思うし、その嘘を教えている先生も少なくないのが現実だ。 余韻とは音を出すことを終えた(管楽器の場合は息を出し終えた)後に、空間に残る音だということは納得していただけると思う。 それを息と口で作り出そうとしてもできるとはとうてい思えない。強いてそれを作れるとすれば、息を出すことを止めてもアパチュアをある程度の広さで保つことだと思う。余韻は入れ物(会場)がすることで、人間には手がだせない領域のものだと考える方が良いみたいだ。 要するに、「息を出し終える(止めるという表現は子供たちに誤解されやすい)だけで何もしない」が答なのではないか? 音を出し終えてなにもしない、これだけで次の音の発音は容易になる。 何かすると考えるのは、ラッパの練習においてマイナスになることも多いようだ。 この項は「みんなブレス下手だよね」とリンクする部分が多くなると思います。(まだ書いてませんが)ゆくゆくは一緒のページになる可能性があります。 この項にも付けたしがあると思います。2005/02/12 |